今日の朝、
ホテルの朝食を食べながら、
いきなり涙が溢れてきました。

きっかけは、
昨日のとあるシーンを思い返したこと。

今年の6月、湘南ワークショップという
合宿型の3日間セミナーに参加。
主催者のひとりである岡部明美さん(以下明美ちゃん)が
昨日、開催されたツナゲル大忘年会に参加されていて、
解散する前に私に対してコメントしてくださった。

「(お付き合いしている)彼が今設定してるプロフィール写真は
ほかのどれよりも彼のカッコよさ、魅力が出ている。
その写真を撮ったとってぃは彼の魅力をちゃんと理解して
それが一番引き出される瞬間がいつか解ってる。
それはとってぃの才能なんだよ。」

という主旨だったと思う。

思い出していたとき、私は、
スクランブルエッグを食べていて、
お箸でなかなか掬えないなあと思っていたら、
胸が熱くなって、ポロポロと涙が零れた。

「こういう感覚が欲しかったんだ。」
と思った。

私のことをちゃんと見てくれているという感覚。

(急いで残りのご飯を食べきって、
ホテルの部屋に戻りました。)

惚気になってしまうけれど、
私は本当に彼のことが好きだという感覚がある。
一緒にいるだけで、頭じゃなくて、
感覚として身体が喜んでしまっている感覚。

好きだからこそ、撮れた写真だと思っていて、
彼の、ベストショットを1枚選ぶなら、
間違いなくその写真を選ぶだろうと思う。

そんな私の気持ちも含めて、
明美ちゃんは私を受け入れてくれたような気がして、
嬉しさ、ありがたさがが込み上げると同時に、

なんでお母さんはこうしてくれなかったの?
私が本当にして欲しいかったのはお母さんなのに。

そんな寂しさ・悲しさが押し寄せてきた。
最初は感覚だけだったのでわからなかったけれど、
途中で、言葉としてそう思っている自分がいた。

私の中で、私を本当に全部ひっくるめて、
ありのまま、そのままで受け入れてくれた、
そんな感覚は部活の顧問の先生にしか持っていない。

親に、その先生と同じことをしてもらえた、
そんな感覚は、まったく、ない。

まだ、小さい頃の私がブルブル震えてる。
先月のセッションで少し癒せたけれど、
まだまだ私の中にあるんだと思った。

そして、ふっと浮かぶかのように
「価値を提供しないと、愛されない」
そんな風に形容できるビリーフがあると気づいた。

これを自分に問いかけると、
身体が硬直して、空間が歪むかのような感覚と、
頭をぶん殴られたような感覚に襲われる。

苦しさにまみれた涙がまた溢れて、
これはきっと、深掘りする必要があるなと思った。

ただ、「それは本当?」と自分に問いかけてみると、
浮かんでくるのは昨日お会いできた方々だったり、
今まで私と関わってくれた方だったり、
いろんな方々の笑顔が浮かんできて、
こんなにありがたい、恵まれてる自分に気付けた。

でも、どうして、こうも、当たり前かのように
このビリーフを信じてしまっているんだろう…!
と悔しさで、また泣けてきてしまった。

何にしても、今の私は。

ビリーフに突き動かされている。
まずはその事実に気がついて、
自分の中にあるというところまでは、
自分自身でそれと距離を置くことができた。

そのことをまずは自分によくやったね、と言いたい。

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