100記事目をどう書こうか、
考え始めたせいで更新が止まりました。

これで100記事です。

高校生の頃なんて、節目の存在すらなくて、
ただ自分の思ったことをブログに垂れ流していた。
何記事書いたとか、そんなことはどうでもよかった。

今、振り返ると、
毎日、楽しんでいた部分はあったのだけど、
大学受験とか、家族のこととか、色々な部分で
不安だとか安心できない感覚があったんだと思う。

それを解消する、いや、見ないふりをしたいがために
毎日ブログを更新していたのだと思う。
1日で複数記事投稿することも多かったように思う。

今日は、まだ感じきれていなかった、
そんな昔の頃の自分の感情に、
セッションを通じて向き合うことができた。

相反するふたりの私

自分の中には、
「真面目な私」と
「はっちゃけている私」とが存在している。

「はっちゃけている私」が
外見的な部分、行動的な部分にでできてしまうのを
「真面目な私」が24時間監視をしている状態。

「出できてはいけない」
「出てしまったら、親の期待を裏切ることになる」

そんな風に思ってしまっていることがよくわかった。

ふたりが放つ別々のエネルギーが衝突

…実は、数日前、
思い立ったが吉日的に「ピアスを開けた」。

実際に施術してもらって、
自分の耳にピアスがついていることを実感しだした頃、
全身が重たく、苦しい感覚に見舞われた。

実は小学校の頃から憧れていたのに。
マグネットピアスを買って、
でも恥ずかしくてつけれなかったあの頃。

今は、自分で自分の行動の責任をとれる年齢になって、
経済的にも自立して生活できているのにも関わらず…

兄が昔、今の私と同じぐらいの年齢でピアスを開けた時の
母親の否定的な態度と同じものを私もくらうのではないか、
という恐れを勝手に感じていたことに気づいた。

「真面目な私」は、
ピアスをつけたことに対して過剰に反応していて、
「はっちゃけている私」になってしまうと、
「真面目でない、チャラい人間」になるのではないか、
それはつまり親の期待から逸れてしまうことであり、
「あってはならない」事態になってしまう…。

だからこそ、「真面目な私」は
必死に「はっちゃけている私」の腕を引っ張っていた。

ふたりをひとりにして、ただ、私になる。

そこから、関連することとして思い出された、
昔のとある出来事を深掘りするようなワークを行った。

インナーチャイルドは、ただ苦しそうで、
逃げ出したくても、自分が非力であることを自覚していて、
ただただ安心を求めてブルブル震えていた。
そんな感じがした。

そんな昔の自分に、遅くなったけれど、ようやく、
ようやく安心できる場所があることを伝えることで、
封印してしまっていた感情を感じきって、
自分の中に統合することができた。

それができたら、ピアスをした後に感じていた、
ずしっと重たい感じが消えて、「ま、いっか」と思えてきた。

そう思えてきたからなのか、施術してから、
じりじりと右耳から出ていた出血が止まってきた。

95%の潜在意識の大きさを信じざるを得ない。

今まで、感性だとか潜在意識だとかスピリチュアルだとか、
全く信じていなかった自分がいた。

けれど、この1年、自分の体験として、
どうにも理解できないけれど、すごいことが色々起きて、
もうそれらを信じざるを得なくなってしまった。

ものすごいパワー。

(それを信じないようにしていた、自分の理性も、
それはそれでものすごいパワーだとは思うけれど。)

それを信じてしまった方がいいんだなと、
そんな風に思って、もっと楽にいこうと思う。

そして、これから、まだまだたくさんある
自分自身の感じきれていない感情と対面して、
自分自身を取り戻していこうと思う。

このブログを始めた頃は、
こんな記事を書くなんて思ってもいなかったから、
大分、私は変わってきたんだなと思う。

そんな風に、これからも、
「あ、よくよく考えたら大分変わってるな」と
振り返った時に自覚してしまうような
そんな人生を歩んでいこうと思う。

今後とも、よろしくお願いします。

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