「性別」について、いつも自分が感じていること

私の人生の中で、かなり長い間ずっと疑問に思っていること。
しかも、時間が経つにつれて、ますますわからなくなってきています。
 

「自分は何故、生物学上の”女”なのか?」

先日、Togetterにてまとめられていたこんなつぶやきを見つけました。
読まれた方もいるかもしれません。

   【実録】ぼくは性別モラトリアム

私も、この枳はじめさん(@___hajime___)のように、幼い頃は普通の女の子でした。
この写真は、幼稚園入園前に近所の公園で撮影したものです。
(一面クローバーの中で赤いワンピースが良い感じに映えますね。笑)

それが、いつからから、
「ピンクなんてありえない」「フリルとレースは論外」と思いはじめ、
小学校中学年には髪の毛を刈上げ、男の子と同じような服装を好んで着て、
中学に入学する頃は「どうすれば制服のスカートを履かずに済むか」ということを考えるようになりました。

昔も今も、コンプレックスに思うのは「太もも」。
“すらっと”スキニーを履きこなせるようになりたい。
そして、正直、ぶっちゃけ、胸もいらない。走るのに邪魔だし、なくていい。
身長は、せめて160cmは欲しかった。くやしい。あと2cm。

頭の中では、ずっとそんなことを思っています。

でも困ったことに、「じゃあ、男になりたいのか?」と聞かれると、それも「違う」。

毛深くはなりたくない。ヒゲはいらない。
筋肉質にもなりたくない。力が欲しいわけじゃない。
喉仏が欲しいわけじゃない。声を低くしたいわけでもない。

となると、「中性?性がなにもない?」という疑問が浮かんできます。
今のところ、一番それがしっくりくるような気がするけれど、本当にそれでいい、のか?
結局、「?」で終わってしまって、結論が出ません。

 

…わからないままでもいいかもしれない。

枳さんのイラストにもありましたが、今の私は「クエスチョニング」なのかもしれません。

クエスチョニングとは、自身の性自認や性的指向が定まっていない人のことを指します。

ここ数年、LGBTという単語は世間的に知られるようになってきましたが、
この「Q」も加えて「LGBTQ」と言われることも多くなってきているようです。
 

個人的には、自分も含めて色々な性自認があると思っています。
もっと究極的なことを言うとするなら、
「どんな自分でも自分は自分。そんな自分でいい。」ということになるんだと思います。

なかなか自分と同じような考えを持つ方に巡り合えていない中、
枳はじめさんのTweetはとても心強いものに思えて、読みながら何度も頷きました。

これからの毎日、「自分がどうなりたいのか」を考えていく途中で
無理やり「こうだ!」と結論づけることはしないようにしたいですし、
「あ、これか…!」と思える瞬間に巡り合えたらいいなあと、今は考えています。

何事も焦らず、ゆっくり、ひとつずつ。
そんな感じでやっていこうと思います。