Re:newing

スマホを持たずにお散歩に出かけてみるという試みをして感じたこと。

約 4 分
携帯を置いて散歩に出かけてみる。

それを思うと、心がザワザワする。
なんで?

・音楽が聴けない
・連絡がとれない
・地図が見れない
・調べ物ができない
・なんだか不安?
・世界と切り離された?

なんだろう、「ない」ばかりを見つめている気がした。でもきっと、「ない」と思っていても別の何かが
「ある」し「いる」のだと思う。

例えば、鳥の声が聞こえて「いる」とか、
携帯に急かされない時間が「ある」とか。

今日読み終えた「しないこと」という本には、
現代は「するする社会」になっていると書いてあった。

「すること」リストに追われて、
効率良く何か「する」ことで生み出した時間で、
別のことを「する」。
さらにそれによって空いた時間で
また別のことを「する」。

「する」の無限増殖。

そんなんだから、
本来人間はHuman "Being" なのに、
Human "Doing" になっていると。

……とても考えさせられる。

昨日は彼が
「今日はポトフを作るからその間好きなことしてていいよ」
と言ってくれたのに、
そう言われると、「えー!何しよう…」となって、
結局お風呂に入って、
その後洗濯機を回して…と、
彼の言ってくれた「好きなこと」というニュアンスと
違うことをしてしまっていた。

私はまだ「するする社会」の一員でいないと
気持ち悪いみたいだなと思った。
だからこそ、携帯を置いて出掛けてみようと思う。




散歩から帰ってきた。

結論を先に言ってしまうと、
全然困らなかったし、不安にもならなかった。

ただ、それは見慣れた、
しかも、よく知っている土地だからという
条件付きではあると思った。


携帯がなければ、
その分、色々なところに視線が行って、
柿の木が実をつけたなあとか、
彼岸花が咲いているなあとか、
建物の壁一面に植物が生えているなあとか、
この石の色がいいなあとか、
分譲マンションができてるのに気づいたり、
初めて神社がそこにあることを知ったり、
この看板オシャレだなあとか思ったり……





音楽も聴けないので、
その分周りの音がよく聞こえてきて、
ああ、いまこんな虫が鳴いてるんだとか、
この辺は車の騒音がなくて静かだなあとか、
木の葉の揺れる音が涼しげだなあとか、
おしゃべりしてる人の声が聞こえたり……



なんだか、じわじわとではあるけれど、
人間らしさのようなものを感じられた気がする。
今という季節を、
今という自分を、感じる。

外野に急かされずに、
自分で時間の流れを創り出すイメージなのかな。


1時間くらいかけて、
目的地のパン屋さんに到着。
お目当のクロワッサンを買った。

帰りは地下鉄に乗って、
車内の宙吊り広告を見て、
ああきっとこうやってああやって…と、
デザインのことをゆるゆると考えて、
帰宅。



待ちに待った、クロワッサン。
なんだろう、外見からして芸術作品のよう。
私はうずまきが本能的に苦手なのだけど、
これはまあ、ほぼ大丈夫。
重なり合う層がとっても緻密な感じ。



クロワッサンの海(?)に溺れてもいいくらい、
ほんと、美味しいです。



「予定を入れない」という
「予定を入れている」土日。

朝から何をしてもいい。
何をしてもいいなら、
何かしたいことをしよう。

そして、ときどきは、
スマホを、ネットをその辺に置いておいて、
もっと今と自分に向き合おう。


そんな風に過ごす日を
これからもっと増やしていこうと思います。



About The Author

totea
平成生まれ。事務職の傍、やっぱりデザインのことをやりたい!と思って、現在デジハリオンラインスクールでPhotoshopとIllustratorを地道に勉強中。小さい頃からフォントやロゴに興味があって、ZIPファイルの解凍の方法がわからないのにフリーフォントをたくさんダウンロードしたり、漢字ノートの余白に自分の好きな音楽のタイトルを好きなようにデザインして書いたりしていた人。シンプル・統一感が好きで、暇があれば無印良品へ行く結構な重度なムジラーです。

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