先週、久しぶりに歩いて職場へ出勤した。
その時のできごと。


夜から職場の有志で
焼肉を食べようという話になっていた。
いつも自転車で通勤している私。
自転車を職場に置きっ放しにした状態で
土日休みを迎えるのは嫌だった。
だから、その日は歩くことにした。

家を出たのは8:07。
予定より2分遅れ。
でも、それは誤差の範囲。

道の途中で、時計を見る。
8:18。
あ、もう、遅い。

…ん?
……遅い?

いつもなら、
そのままスルーしてしまいそうなところ。
何故か引っかかる。

実際の時刻は、
8:18。
自転車だったら、
まだ家を出発していないくらいに早い。

この時間で、この場所にいるのに、
「徒歩」という状況にあるだけで、
こんなにも「遅い」と思って、
時間が「ない」という感覚に囚われていた。

え、なんで?
なんでそう思うの?

そうと問いかけて、
自分に質問してみたら、

自転車で出勤する場合の到着時刻と、
徒歩のそれを、
気づいたら比べていただけのこと。

時間の流れを
どう感じるか、
それは結局「自分次第」。

ストンと腑に落ちた瞬間だった。

どんな人も、
どんな場所でも、
時間は等しく流れてきている。

そんなことは、
頭で解りきっているのだけど。

自分自身の感覚では、
伸縮性のあるもののように思えて、
特に、何か不安や焦りがあると、
私から離れていくような、
すり抜けて真正面に居られないような、
そんな形で過ぎていくんだなと。

そう考えると、
今までの私の人生、
時間が「ない」と思っている。
そんなことに気づく。

これから、
時間が「ある」と思えたのなら、
きっと、もっと、
周りを見渡せるのだろう。
相手をちゃんと見れるのだろう。
自分の気持ちに気づけるのだろう。

ブログを書いてて、
そんな風に思ったりもした。

やっぱり、私は、
「ある」世界にいたい。

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