「できないこと→できたこと」
こうなるのは、本当は凄いことだと思う。
自分のできることがひとつ増えたわけで、
とても喜ばしいことなんだけれど。

「→」の時に、
「うお、自分、できた。すごい。」と思わないと
なんだか、そのまま、知らない間に
「当たり前」領域に突入してしまっている。

「え、当然でしょ?」
「だから?」
とか、勝手に思ってるんだよね。恐ろしい。
そんな自分にふと気づいて、大分びっくりする。

「できないこと→できたこと」
なのに、
「できないこと→(できたのが)当たり前のこと」
になって、

「→」の時に本当は感じていたい、
「自分すごい」感が全くないままになってしまう。

なんて、もったいないんだ。
…と思った。

よく考えたら、1年前の自分や、
もっと言うとドン底だった2年前の自分に、
「今の私はこうでね、こうなってるよ」と言ったら、

「ファッ?!ありえない」
「そんな変われると思えない!」
「そんなの無理、できない」
「いやいや無理無理無理」

くらいのリアクションが来ると思う。

っていうことは、
色々変わったし、
自分のできることが増えたわけで。

そこに、ちゃんと、
「できた自分すごいじゃんか……(歓喜)」
という瞬間をちゃんと設けたい。

というか、設けないと、
いつまで経っても、

「私が安心できる状況はまだか」
「いつになったら努力が報われるのか」
「いつまで頑張ればいいのか」

そんな苦しい思考に支配されると思った。
ので。

「→」の瞬間自体と、
それに付随して、
「自分すごいじゃんか!ふああ!」を
ちゃんと感じよう。と、思いました。

そんな、シャワーのお告げ。
だいたいの場合、シャワーで頭を洗っていると、
何かしらの言葉が降りてくる。

自分で、ほうほう、と思いながら。
で、だいたい忘れるので、
忘れないようにブログにしておく。

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