Re:newing

「できたこと」をすごいと思わないと、頭は勝手に「当たり前」扱いする。

約 2 分
「できないこと→できたこと」
こうなるのは、本当は凄いことだと思う。
自分のできることがひとつ増えたわけで、
とても喜ばしいことなんだけれど。

「→」の時に、
「うお、自分、できた。すごい。」と思わないと
なんだか、そのまま、知らない間に
「当たり前」領域に突入してしまっている。

「え、当然でしょ?」
「だから?」
とか、勝手に思ってるんだよね。恐ろしい。
そんな自分にふと気づいて、大分びっくりする。


「できないこと→できたこと」
なのに、
「できないこと→(できたのが)当たり前のこと」
になって、

「→」の時に本当は感じていたい、
「自分すごい」感が全くないままになってしまう。

なんて、もったいないんだ。
…と思った。


よく考えたら、1年前の自分や、
もっと言うとドン底だった2年前の自分に、
「今の私はこうでね、こうなってるよ」と言ったら、

「ファッ?!ありえない」
「そんな変われると思えない!」
「そんなの無理、できない」
「いやいや無理無理無理」

くらいのリアクションが来ると思う。

っていうことは、
色々変わったし、
自分のできることが増えたわけで。

そこに、ちゃんと、
「できた自分すごいじゃんか……(歓喜)」
という瞬間をちゃんと設けたい。

というか、設けないと、
いつまで経っても、

「私が安心できる状況はまだか」
「いつになったら努力が報われるのか」
「いつまで頑張ればいいのか」

そんな苦しい思考に支配されると思った。
ので。

「→」の瞬間自体と、
それに付随して、
「自分すごいじゃんか!ふああ!」を
ちゃんと感じよう。と、思いました。


そんな、シャワーのお告げ。
だいたいの場合、シャワーで頭を洗っていると、
何かしらの言葉が降りてくる。

自分で、ほうほう、と思いながら。
で、だいたい忘れるので、
忘れないようにブログにしておく。


About The Author

totea
平成生まれ。事務職の傍、やっぱりデザインのことをやりたい!と思って、現在デジハリオンラインスクールでPhotoshopとIllustratorを地道に勉強中。小さい頃からフォントやロゴに興味があって、ZIPファイルの解凍の方法がわからないのにフリーフォントをたくさんダウンロードしたり、漢字ノートの余白に自分の好きな音楽のタイトルを好きなようにデザインして書いたりしていた人。シンプル・統一感が好きで、暇があれば無印良品へ行く結構な重度なムジラーです。

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