女性性を認めた先に、私の変化はきっとある…。今はそれだけを信じていたい。

自分の体型を直視しなければいけないような出来事が立て続けに起きました。
今回は、決意表明とともに書き留めておこうと思います。

その1:ZOZOSUITが届いて下半身太りを突きつけられた

まず、いきなり、え?と思われるかもしれませんが、ZOZOSUITが先日届いたので今朝着てみました。
Twitterで先に公開したのですが、こちらにもこの後の決意表明のために投稿します。

下半身太りは正直実感していましたし、もう十数年悩んできたことなのですが、改めて見るとやっぱりそうなんだ……と思い知らされました。
上半身は平均値よりも数値が低いのですが、下半身になった途端平均を大幅に上回りました。太もも・膝回り・ふくらはぎに関しては1.8~3.3cmもプラスです。

スッとしていて、スキニーが似合う人にずっと憧れています。
(だから、足が細くて黒スキニーが似合うパートナーに惹かれたのかもしれません。もちろんそれだけではないですが…。)

私の場合、ウエストはぶかぶかなのに、膝上〜ヒップがとにかくきつく諦めた服がいくつもあります。恥ずかしくてスーツスタイルでパンツが一度も履けずにいます。

思い返せば小学校の頃からコンプレックスだった

小学生の頃から、私は自分の太ももが「太い」と認識していました。
中学生の頃にはもうずっと悩んでいました。上半身は普通なのに、なんでこんなに下半身ばっかり、と。
小学3年生から地元のスポーツ少年団で陸上を始め、中学では陸上部で100m・200m・リレーを走るような短距離走者。当時の地元は「郡」だったので郡大会で入賞するレベルでした。

写真に矢印で示したのが私です。

本番用のユニフォームを着るのに恥じらいがあったことをよく覚えています。
引退前、最後の大会では念願だった総合優勝を勝ち取ることができ、私にとっては大切な良い思い出です。

今でもその時の集合写真を飾ってありますが、当時は写真が届いてまず気になったのは「自分の太ももの太さ」でした。

2016年、無印良品のスキニーがようやくなんとか入って泣きそうになった

2016年は私の人生の中でどん底からようやく抜け出した頃なのですが、当時はランニングをしており、名古屋市昭和区にあるランニング&ムーブメントスクールにも通っていました。

その効果があったのか、好きな無印良品のスキニーパンツで当時一番上のサイズの「婦人27(68.5cm)」が入って感動しました。ようやく普通にお店で売っているものが買えるようになったんだ、そう思いました。

私にとってはそのくらい「太もも」はコンプレックスでした。

その2:パートナーとの関係

時系列に言うとこちらをその1としなければならないのですが、昨日、色々と自分の中に大きな衝撃がありました。

それはパートナーから直接「今は(私のことを)性的な対象に見られない」と言われたこと。
(※本人にこの記事を書くことは許可をとってあります。)

…なんとなくわかっていました。いままでの状況から推測することができました。
でも、直接言われると大きな衝撃が私に襲いかかってきました。それでも「原因はなんだと思う?」と私は彼に質問します。

「体型が昔(付き合いだした頃)と比べて良くないように見えるのは(原因として)大きいと思ってる」
「でも、大切な存在なのは変わらない」

耐えきれず、私はさらなる質問を投げかけてしまいました。「じゃあ、どんなタイプが好みなの?」と。

俺の好きなタイプは、細くて華奢な感じ…

絶望的な気分になりました。私は全く当てはまっていないし、到底当てはまれそうにない…

動けなくなっている私の代わりに晩ごはんを作ってくれ、「先に食べるよ」と言って秋刀魚をつつく彼が、涙が溢れてくる私に向かってこう言いました。

“(こうやって)一緒にいる”っていう事実を見ないの…?

わかってる、幸せすぎるほどそれがわかっているから、もっと辛い

彼との関係は仲が良く、もちろん時には色々とあるけれど、トータル的にはとてもうまくいっていると思っています。

一緒にいて安心できるし、楽だし、心のこともたくさん話ができて、私のやりたいデザインのことに対しても理解がある。
私がふらふら〜と、例えば友人のぞのくん宅に遊びに行ったり、ワークショップに行く!と行って泊まりで出かけても、全部受け入れてくれて、見送ってくれる。

こんな人と巡り会えてなんて幸せなんだろう、一緒に暮らせているなんてなんて幸せなんだろう、そう思います。彼への思いも感謝の気持ちも、本当にびっくりするくらいに溢れて止まることがありません。

「だからこそ」なのか「でも」なのか、適当な接続詞が選べないのですが、彼の発言は私にとって辛い……。

彼はエニアグラムという性格分類では「4(芸術家)」の要素が一番強く、このタイプは「好きじゃない人」とは一緒にいられない素質があることは私も理解しています。だからこそ先ほどのような彼の投げかけがあったのだとも思っています。

わかっている、わかっているけれど、それでもこんな風に辛くなってしまう自分が嫌で嫌で、本当に彼に申し訳なくて、投げかけを聞いた途端、耐えきれず嗚咽を漏らしてしまいました。

この問題の根本は、おそらく「自分の女性性が認められない・受け入れられない」こと

今回のことは、この問題を現実化する出来事なんだと思っています。

私の頭の中では、こんなことがぐるぐると回り続けます。

「(パートナーのような)かっこいい人には、やっぱりそのレベルと同じくらい外見が綺麗、もしくは可愛い人がペアじゃないとだめなんだ。私は細くも華奢でもないし、”異性として”認識してもらえないんだ。」

「そんな私が、ぎゅって抱きしめてほしいとか、それ以上のことをしてほしいとか、そういう事は言ってはいけないし、そう思ってもいけない。なんておこがましいんだ。こんな私がもうすでにとても幸せなのに、それ以上を求めようとするなんて贅沢を言いすぎている…。」

何より苦しいのは、頭ではそう思っていても「抱きしめてほしい…」と切に切に願っている自分がいること、そして、そこに気づいているのにダメだと抑圧していること、そんな自分の女性性が自分で「おこがましい」「不相応」と感じてしまい、あるがままに認められないことです。

それでもこの1年、めげずに頑張ってきた

みうら雪絵さんのカウンセリングセッションや、岡部明美さんのワークショップなどで自分の中にあるビリーフ(無意識にできてしまった思い込み・信念)を色々と手放せてきたと思っています。

13年ぶりに髪の毛を伸ばしたり、ずっとしてみたかったピアスを開けたりネイルをやったりしました。
自分から相手も「抱きしめる」ことや、何かをお願いしたりすることはそれなりにできるようになったので、自分の中ではかなり進歩してきた実感があります。
(以前お付き合いした人からしたら、もはや別人のレベルだと思います…。)

そんな感覚があるからこそ、昨日起きたことが「昔より良くなってると思ったのに、なんで……」と尚更辛いのです。
まさかそんなところを指摘されると思ってもいませんでしたし、彼が感じているほど私は変化していないと思っていました…。

なにかある…絶対に大きなビリーフがある

「もし〇〇しまったらどうなりそう?」というのはよくカウンセリング中に聞かれる質問ですが、これを使って自分に「もし女性性を受け入れてしまったら?」と聞くと、自分が空中分解しそう、崩壊しそうな感覚があって、「そんなの絶対無理!」って言いたくなる……そんな感じがしています。

先日「私は母の再生産だ」というコアビリーフが見つかり、リセットできました。1ヶ月ほど経ち、少しずつですが距離がとれてきているなと感じます。

でも、今回のことについても、相当な、地元静岡の方言で言うなら”ドでかい”ビリーフがあるのがわかります。

表層的には前述したような言葉がそのままビリーフとしてあるのがわかりますが、その原体験、きっかけとなった出来事と、コアビリーフがまだわかりません。(ということは、それがわからない程に蓋をしている……何かとてつもない痛みが眠っているのだと思っています。)

自己肯定感が低すぎて直視できない分野の共通点は…

恋愛・ファッション・メイク・体型…。
これらのことになると、途端に自信がなくなり、考えることを放棄したくなります。苦手です。
がんばりたくても、すぐ疲れてしまう。立ち向かっても、私がこの分野に不安や不満を言わなくなる日なんて一生来ないんじゃないか、そんな風にも思える分野です。
でも、「本当はどうにかしたい」とも思っていて、「できなくてもべつに関係ない」とは開き直れないんです。

このどれもが、女性性につながっている分野なんじゃないか、そう思います。

過去、自分が本当に苦しんだことだからこそ、ジレンマに陥る

パートナーから言われたこと。その感覚、実は、私もあるんです。
今のパートナーよりも前にお付き合いした人すべてに対して感じていたものでした。

本当に苦しかった…。求められること自体が本当に苦痛でした。

何回Yahoo!知恵袋や2ch(今の5ch)、カウンセリングのページを読んだかわかりません。自分はノンセクシャル(非性愛)なのではないかと思ったほどです。

男性に対する嫌悪感から、男性にもなりたくない、でも女性にもなりたくない…どちらにもなりたくなくて「Xジェンダー(女性・男性の性別のいずれでもないという性別の立場をとる人々)になりたい」と思っていた時期もありました。(女性(Female)から(to)Xなので、省略してFtXとも表記されます。)

実際どう感じているかは私にはわかりませんが、その昔の自分を相手に重ねてしまい、こういう話題をそもそも出すこと自体がはばかられました。
自分の女性性も受け入れられていない部分も影響して、私からは「こうしたい」ということは全然言えませんでした。

なんで私はこんなに変わったの?!という混乱とそこから派生する不安

こんなことを公表するのも変な話ですが、前述のようにあれだけ嫌悪していたのに、なぜか今のパートナーに対してはまったく嫌悪感がないという、自分にとっては驚愕の事実があります。

…信じられないし、意味がわからない。個人的にはその一言に尽きます。

今むりやり推測するとするなら、その理由は「彼のことが本当に本当に好きだから」なのかもしれないし、「自分を見せても大丈夫と思えるようになったから」かもしれないし、「自己否定が少なくなったから」なのかもしれない…そんなことを思っています。

でも、そう推測してしまうと、彼はここに挙げた理由を満たしていないんじゃないか、という推測に対する不安が勝手に発生して、頭が自動反応します。

「彼の本当に好きな人は私じゃなくて、別の誰かなのかもしれない」
「私はこれからもずっと一緒にいたいけれど、でも将来そうできないかもしれない」

私はどんどん苦しくなってしまうのです。だから、もうとにかく考えたくなくなってきます。

私がこれからの行動を変えることでしか現実は変わってくれない

ここまで散々ぐるぐる脳みそを書き散らしてきたわけなのですが、色々考えたところで、自分がこれから行動を変えていかなければ現実は何も変わってくれません。

彼の思考・感覚・感情…つまり、相手の領域に私の手を突っ込むことはできない。
だから、自分の領域、影響する範囲でできることをやる。自分が変わるしかない。

それは今までの経験で本当によくわかりました。
だからこそ、私は私のできる範囲でやれることをやろうと思い、行動することを決めました。

まず、下半身専門のパーソナルジムに通おうと思います。
これで変化があれば、小学生の頃から長年の悩みが解決できる可能性を秘めています。

今日はそのための第一歩として、名古屋市内にある下半身専門のパーソナルジム2ヵ所に電話をして、体験予約をしました。
それから、これからは脚を組むことを出来るだけやめて、両脚をくっつけて椅子に座ることを始めようと思います。すでにもう脚が辛いのですが、めげずにやっていきたいと思います。

年内までにはそれなりの結果を出したいと思っています。
「それでも現実が変わらなかったら…」どこまでも先回りして考えてしまう私の頭のくせ。コントロールされつづけることからいい加減脱したい。

身体もそうですが、心の方をちゃんとクリアにしておく必要は間違いなくあります。
それをおろそかにすると、結果が出てもきっと嬉しくない…そう感じてしまいそうなので、これについてはどう行動するか自分の声を聞きたいと思います。ドでかいビリーフに早く気づきたい。

…かなり長く書いてしまったのですが、今この瞬間も私は彼のことが本当に好きです。それは変わりません。
こうやって本当に言いにくい話を(今後は世の中全般がもっとオープンになっていったらいいと思っているのですが…)書かせてもらう許可くれた彼に敬意と感謝を示します。

いつも、本当に、ありがとう。