自分のことを「私」と言えない…それでも大丈夫。いつか言える日が来るよ。

私は、この29年近くの人生で、なんとなくずっと辛いけど、どうにもならない問題に直面していました。

それは、自分のこと、つまり、一人称を「私(わたし)」と言えない問題。

ものすごく悩んだ時期、対処法も見つからず途方にくれた結果の応急処置、そして、昨年あたりからようやく、なんだか言えるようになってきたことに「あ、あれ…!」と気づきました。

どうして言えるようになったのか、現時点での考察も交えて、ここに書き留めておきたいと思います。

もし検索などでこの記事に辿り着いた方がいるようであれば、私から伝えたいのは「無理しなくていいよ」ということです。
すぐには言えるようにはならないかもしれない。でも、いつか言える日は来る。

苦しいと思っていても大丈夫。それが、貴方の感じている気持ちです。苦しくても大丈夫。私もずっと苦しかった。でも、なんだか言えるようにもなるもんだよ。

そんな人も、ここにいます。

自分の名前で呼んでいた、幼い頃(〜小学校3年生まで)

小さい頃、物心ついてからは一人称が「自分の名前」でした。「○○(下の名前)はね〜、」と言う言い方です。

誰もそれを「おかしい」という人はいませんでした。親も何も言いませんでしたし、幼稚園の友達も、小学校に上がってからできた友達も、同じように下の名前が一人称だった子が多くいました。
だから、そもそも「問題」とすら認識しておらず、私は楽しく毎日を過ごしていました。

ただ、小学校に上がってから、周りの友達で「私」もしくは「あたし」と一人称を使う友達もいました。特に意識することも当時の私はなかったので、なんというか、何も考えていなかったと思います。

小学校3年生の途中で、恥ずかしさを覚えて困惑し始める

どういう経緯で、いままでの一人称に対して疑問を持つようになったのか、正直なところ、覚えていません。
ただ、3年生になり「自我」が少しずつ芽生えてきたのかもしれません。自分は何者なのか、というところに気づき始めていたのかもしれません。

突如始まった、一人称を変えるゲーム

ある日、突然、友達と「自分のことを誰が一番早く「私」って言えるようになるかゲーム」が始まりました。

そのとき一緒にやったのは私を含めて3人。
私以外の2人は、容姿というか着ている服も女の子だよね、という感じでしたが、私は兄が上に3人もいることや、自分自身でも「女の子は嫌だ」という気持ちを抱えていて、着ている服も男の子っぽかったのです。

だからなのかはわかりませんが、当時の自分の中では「私」と言ってしまったら、「なんだか自分ではなくなってしまう」というような感覚があり、特に「母親の前で、私なんて言葉を使ったら恥ずかしさで自分がどうかなってしまう」という感覚がありました。

ゲーム中も10回に1回言えるかどうか。なんとか言った自分に、とてつもなくザワザワと違和感を感じていました。

友達は、2週間くらいで「私」と言えるようになり、このゲーム自体は終わり。
でも、私の中ではずーーっと、このゲームをあがれないまま、生きていくことになったのです。友達は、このゲーム自体を忘れて、もう思いだせないかもしれないというのに、私はずっとずっと、もがくことになるとは思ってもいませんでした。

もう名前では呼べない…苦しんで出した答え

さすがに、いままでの名前を一人称にするという選択肢はとれませんでした。
でも「私」が言えない。どうしても、言えない。本当なら「俺」を使ってみたい。かっこいいし。力強さがあるし。そう思っていました。

もう手元には残っていないのですが、当時書いていた日記のような、メモのようなものには、「オレ」と書いていたと思います。

ただ、実際には、クラスメイトのいる中で「俺」を使うのも恥ずかしくてできず、もちろん「私」ということもできず、しばらく一人称を「なし」で生活していました。

周りが苦もなく「私」「あたし」と言っているように見えて、自分だけが取り残されてしまったような感覚。
自分自身のことを指し示されたときに、自分に人差し指を向けてジェスチャーしたこともありました。ただただ苦しかったことだけ、感覚が残っています。

当時はもう、悩みを親へ打ち明けるということは自分の中でのタブーと化していたため、このことで相談をするのはもっての外でした。自分でどうにかするしかない、誰にも頼れない。むしろこんなことで悩んでいたら、強くなれない。弱いのはダメ。そう思っていました。

そんな私が、最終的にどうしたのか、というと…

一人称を「うち」にするという結論を出したのです。それなら自分のことも言える、でも「私」ではない。当時の私は、「うち」を選択するのが精一杯でした。
でも、言える一人称ができてホッとしたことは覚えているんですよね、今でも。「ああよかった」って、そんな感覚でした。

「うち」と呼んだまま、大人になってしまった

小学校のときに出した結論、苦肉の対応策はそのまま採用され続けました。
中学でも、高校でも、私は「うち」を使っていました。ごくたまに指摘されるときもあったけれど、それでも、その一人称で問題が起こることがなかったために、そのままずるずると使い続けることになりました。

ただ、入学試験とか、作文とか、そういう「おカタイ」時は「私」と言っていました。就活でも、おんなじ。
「その場限り」であって、一時的な使用であること。言う相手は、大勢のときか、面接官のような友達ではない関係にある人、という風に思えば、自分自身の「モード」を切り替えることで(自分の中ではそんな感覚でした)、言えたのです。

文字として「私は、」と書くこともできました。でも、「書けるのに言えない」…そんなことを書くたびに痛みのようなものを感じていました。
それはガツンとくるようなものじゃなかったから、この問題をそのままにしてしまった。毎回毎回チクッとはするけれど、その痛みに耐えるほうが「私」と言うことの苦しみよりもずっと楽だったので、私は変えようとはしなかったんですよね。

あと、気づいたら「自分」とも使うようになっていました。これも楽でした。
「うち」というと、私は関西に住んだことがないのに「なんでうちって使うの?」という質問を投げかけられるときがあって、それを回避(?)するために「自分」という言葉もTPOに合わせて使うようになっていきました。

仕事を始めて、いやでも使わないといけない状況に追い込まれる

就職して仕事をするようになって、どうしても電話とか、内部の人同士でのやりとりとかで、「私」を使わざるを得ない状況に追い込まれました。「公私」という意味では「公」の時間だから「うち」と言うわけにもいかず、仕事自体にも慣れていない中で「私」をいきなり多用しなければならなくなりました。

最初はとてもザワザワします。「なんで自分が!」とすら思いました。
でも、その当時の自分の状況として、目の前にある仕事に慣れることだったり、電話や窓口応対をできるようにすることだったりと、この一人称問題よりもずっと深刻な問題が次々と現れてきていました。正直、一人称問題どころじゃありませんでした。

そんな毎日を過ごしていると、少なくとも仕事をしている時間、つまり1日の約1/3は嫌だろうがなんだろうが「私」を使うようになっていたわけです。

私は個人的に電話応対は本当に苦手で、先輩のいる前でかけることが本当に苦痛でした。全部聞かれていると思うと、消えていなくなりたいとすら思っていて「私」と言うことよりもずっと嫌なことでした。
良いのか悪いのか、そのおかげで「私」と言えないという問題は、たくさんある問題の中でも「比較的大したことない問題」にランクダウンしていったのです。

心の学びを通じて、この問題が「女性性」と関係しているんじゃないかと気づき始める

社会人2年目に体調を崩したことをきっかけに、ようやくちゃんと向き合えるようになった「心のこと」。
その学びを今も、そして、これからもずっと続けていくつもりでいるのですが、学んでいく中で、この問題は「女性性」に結びついているのでは?と思うようになりました。

自分の中にある「女性的な部分」。
私の生物学的な性別は女だけれども、女性性というと、精神的な部分での女性的なもの。(ちなみに男性の中にも女性性はあります。誰にでもあるけれど、人によって割合は違うものだと思っています。)

包み込むような…受容することだったり、共感することだったり、委ねることだったり…。定義は私も感覚的にしかわかっていないのですが、外に向かって発散していくような強さじゃなくて、受け止めるような感覚だと思っています。

この女性性、私はいままで散々なかったことにしてきたなあ、と気づいたんです。
幼い頃のとある出来事をきっかけに「私は強くならなければ!」とずっと思っていました。だから、女性性はもちろん、自分が女性であることは「弱いこと」だと認識して、それではダメだ!とずっと否定し続けてきたのです。

ダメだ!と思っていることをやる、それはとても苦しい。私が「私」と自分のことを呼ぶのは、まさに自分にとってダメなことでした。

そりゃ苦しいよ、うん。だから、ザワザワもした。そうなるのもおかしくありません。
この問題が「女性性」と繋がっているのであれば、そうなるのは仕方ないことなんだなとようやくわかってきたのです。

女性性があってもいい、と受け入れることで変わっていく

2017年の後半は、カウンセラーのみうら雪絵さん(@Bell_chi)と月に1回のペースでカウンセリングセッションをお願いしていました。
その中で、自分自身を受け入れていくことができるようになって、女性性の部分も少しずつ「あってもいい」と受け入れられるようになっていきました。

加えて、お付き合いしているパートナーが割合的に女性性が高めである(と感じている)ので、一緒に生活することによって、彼のもつ女性性の影響を受けている、ということもあると思います。
(逆もまた然りで、私の中にある男性性が彼に影響を及ぼしているなあと思うこともあります。)

そうなっていくと、普段の生活、プライベートで、ぽろっと「私さあ、」と言えるようになったのです。
なんと言うか、気づいたらぽろっと「言っていた」のです。言ったあとに「あ、あれ!自分で気づかないうちに言ってる!えー?」って。

それを自覚すると「あ、なんだかよくわからないけれど、言えるようになったのか〜」と思うようになり、そこから先は、無理しなくても「私」という一人称をちらほら言えるようになりました。
今では、だいたいの場面で「私」と言えていると思います。もちろん、今まで使った「うち」「自分」が出でくるときもありますが、それもそのまま気にせずに使っています。

必ずしも全ての場合に「私」と使わなければならないということはないです。
フォーマルな環境では、仕事のおかげで言えるようになっていったので、そのままそのモードでいればいいし、プライベートであれば、そのまま言える時に言えばいいので、変に「いつどんなときでも言えるようにしなければ!」と思うこともないなあと思っています。

少しずつ変わっていけるから、今は「私」と言えなくても大丈夫

一気に人は変われません。何回でも言いたい。でも、少しずつなら変わっていけます。それだけは、実感しているというか。
だから、「私って言えるようにならないとだめなのでは」と急がなくても大丈夫です。私が選択した「うち」「自分」という一人称を使うことならできるというのであれば、それで過ごしてもいいんです。

私の場合は、この問題は「女性性」と関係がありました。
私と同じように苦しいなあと思っていたら、もしかしたら同じ「女性性」が要因かもしれないし、別のことが関係しているかもしれません。「私」と言おうとするときに感じる感情と似たような感情を別の出来事で感じたことがもしあれば、その別の出来事で「なんでそう思ったのか」考えてみるのもいいかもしれません。

私の中での「「私」って言えるようになるかゲーム」は、友達と比較したらものすんごい長いことかかりました。

自分の中で「言えるようになった」と思えたので、ようやく終わることができます。小学3年生って9歳だから、約20年(!)です。それだけ長くかかりました。
終わってみると、なんだか私はずっとこの問題を抱えていたんだなあと、ちょっと可笑しく、また自分のことを愛おしく思えてくる感覚を覚えます。そして、この記事を書くことによって、終わりを感じられています。

こうやって、ひとつずつ、少しずつ、生きやすい自分になっていこうと思っています。