5年前の今頃。
毎日6時間以上。多い時には10時間近く。
試験勉強に追われて生きていた。

梅雨の晴れ間、試験を受けた。
ようやく勉強から解放されたと思いながら
家路につく足取りも軽く、歩き出してすぐ。

目に飛び込んできたのは、
枯れてしまった紫陽花の姿。

季節を感じながら生きる。
そんなことが全くできない生き方、
私はいままでそうしてきたことに気づかされた。

何かとても大きな、大切なことを
見落としてしまった時のような感覚に
襲われたことを覚えている。

…今の私には、致し方ないのかもしれない。
でも、その余裕すらない生き方ってどうなんだろう。

枯れてしまった、茶色の紫陽花は
私に何かを問いかけているようだった。

5年後の今。

帰り道に通る近所の家。
そこにも紫陽花が植えられている。

前う通るたびに成長していく姿を見ている。

葉っぱだけだったのに、
いつの間にか蕾がつき、
それも大きくなり、
花が咲き、色づいていく。

そんな何気ない時間に、
かけがえのない幸せを感じる。

いつだってその瞬間その瞬間、
つまり「今」があって、
そのいつであっても美しいのかもしれない。

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