4月から、職場が異動になりました。勤務地も変わって、環境が大きく変化しています。

新しい職場では1人5分程度かけて、自己紹介をする機会があります。毎日、順番に1人ずつ発表していくのですが、毎日どなたかの話を聞くたびに思うことがあります。

何で仕事の経歴しか話さないんだろう?

私はもう自己紹介を済ませてあるのですが、仕事のことはほどほどに自分の好きなフォントのこと、X100F(カメラ)のこと、B’zのLIVEチケットが当たって嬉しいこと……などなど、主に自分の話を話しました。

「仕事は、あくまでも仕事」「これはライスワーク」

私の職場で働いている人々は、このような考えが根底にあるのかもしれません。
いや、私の職場だけでなく、かなり多くの職場ではまだこのような考え方を当たり前のように思って生きている方々が多い気がします。

仕事の経歴は確かに事実であってその人のやってきたことだから、自己紹介で話す内容ということではおかしくはありません。
けれど、それはあくまでも仕事であって、(異動希望が必ずしも叶わないことからも)その人の好きなことではない可能性は大いにあります。

自分のプライベートなことを語ろうとしないというのは、仕事とプライベートが別物だとしてがっつり線引きをしていることの裏返しのように思います。
あくまでも、ライスワーク。楽しいことは、休みの日にやる、というような考えを持っているんじゃないかと思います。私も仕事を始めた頃はそう思っていました。

でも、今の私は「ライスワーク」をして、「よくありがちな人生」で「そこそこの人生」をして死んでいくなんて真っ平ごめんだと思っています。死を迎えるときに「好きなように生きればよかった……」そう思うと確信しています。

私はかなり小さい頃から漠然とした形ではあるものの「何故この世に生まれたのか」「何かしら私しか出来ないことがあるのではないか」ということを考えてきました。

どうしてそんなことを考えてしまうようになったのかと言われたら、やはり私が4人兄弟の末っ子、それも3人の兄全員と一回り以上離れているというようなあまりない家族構成で、さらにその家族の仲が破滅的に良くなかったから、そう理由づけます。

でも、逆に”こういう家庭に生まれたから”こそ、小さい頃から疑問に持つことができたとも言えます。家族が仲が良くてのほほんとできる場所だったら、そのまま過ごしてしまっていた気がします。

もちろん、ライスワークが悪いというわけではありません。そういう生き方を選んでいる方は、それがその方の幸せで、やっていたいことだから。それを違うと否定することはしません。ジャッジが増える分、生きるのが苦しくなることを理解しているから。

……ただ、私はもう知ってしまった。
好きなことをして、それが周りの人に感謝されてお金をいただけるという世界があることを。

自分の好きなことを自由に語り、それに対していいね!と周りが応援してくれる、そんな世界で生きていきたい気持ちが強いです。
私がそうなるだけじゃなくて、私の身近な仲間もみんなでそんな世界に生きていたい、そう思います。
そんなことを、職場の人の自己紹介を聞きながら思っていました。

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