秩父WSに参加して起こった、5つの変化。

4月13日(金)〜15日(日)にかけて、埼玉県秩父市にて岡部明美さん(あけみちゃん)の秩父3daysワークショップに参加しました。

私は本当にありがたいことに、”大まな板”と呼ばれる「ファミリーコンステレーション(家族の座)」というセッションをやらせていただきました。

私の長年の苦しみは「家族がみんなバラバラで、孤独で、閉鎖的な空間であること。夫婦愛、兄弟愛…絆や温かさが全くないこと。家族の誰かが誰かと仲が悪い。どうにかしたくても私ひとりの力ではどうにもならないこと。」でした。

それを、参加者の方から家族の雰囲気に近い方を選んで、実際にお互いの距離感などを私がピンと来たところに向きも含めて配置して、家族の関係を、それぞれの気持ちを解き明かしていくもの。

これを言うと「?!」となる方が多いかと思いますが、私達の顕在意識は5%しかなく、95%は潜在意識であることから、実際の家族ではなく配役(代理の方)であっても、本人と潜在意識で繋がるために、まさに本人がいるような感覚になります。

私の場合、明美ちゃんが家族役になってくれた参加者の方に「一列にここに並んでください」と私の目の前に家族役の人を全員並べたとき、私は「目の前に家族が揃っている」と思ったら、涙が溢れました。
本当にもう「ぶわっ。゚(゚´Д`゚)゚。」という言葉がぴったりというか、潜在意識が求めて求めて仕方なかったからこそ、見ただけで泣いてしまったのだと思います。

そんなセッションを体験して、自分の中で「こんなんでも私の家族です」そういう言葉がでてきました。お互いが孤独であることもわかった。
でも、誰かが悪い、何かをした、というわけではなく、「”誰も悪くないけれど”こうなってしまった」ということが腑に落ちました。そのことを自分が受け入れられるようになりました。

そんな3日間が過ぎて、早くも3日目。少しずつですが変化があります。その変化をここに綴っておきたいと思ってiPhoneに向かっています。

変化その1.自分に感じる「大丈夫感」が増えた。

今まで、どこか、自分が自分の存在そのものを「大丈夫じゃない」と思っていました。言葉というより、どこかビクビクしているような、外からの衝撃があったらポキッと折れてしまいそうな、そんな感じがしていました。

3日間を終えてみて、まず感じたのはその感覚が少しずつ減っている、そのかわりに「大丈夫」という感覚が増えているように感じます。自分の大切な、自分が自分であるために必要な芯のようなものが自分の中に取り戻されてきた感覚です。

満員電車の中にいても、周りに影響されずにちゃんと地に足をつけて「私はここにいる」と立っていられるような、そんな感じです。
これがあると、周り(の人やもの、刺激)に対して影響を受けにくく、自分が「楽」でいられます。

変化その2.とにかく水を飲みたくなる。

昨日あたりから、身体が水分を欲しがります。
普段、職場にはナルゲンボトルというアウトドアで使われるようなものに水や麦茶、紅茶などを約900mlほど入れて持って行っているのですが、だいたいいつも余らせてしまいます。

それが、昨日あたりからから喉が渇いて全部飲んでしまって、さらにもっと飲みたくなり、職場のポットでお湯を足して紅茶を飲んでいました。

身体の細かい知識は全然分からないものの、おそらく身体の水分をもっと循環させたいという要求なんじゃないかなと勝手に思いました。

変化その3.左足の膝裏に違和感。

歩いているときに、左の膝裏が変な感じがすることに気づきました。首から下の左半身は右脳とリンクしている、つまり感性側とリンクしているとのことで、何かがあるんだろうなあ、とぼんやり思っているところです。

これはまた何か気づきがこれからでてくるかもしれません。要観察。

変化その4.彼が「(自分が)変わった気がする」と言った。

これは私自身の変化ではありません。お付き合いしている彼が自分自身のことを指して言った言葉です。

「過去と他人は変えられない」 「変われるのは自分だけ」という言葉はよく耳にするかと思いますが、私に変化があると、(どういう方向で影響を与えるのかわからないにしても)一緒に住んでいる彼にも何らかの影響を与えているのかもしれません。「自分が変われば、相手も変わる」ということを、何となくだけれど感じています。

変化その5.家族に対する感覚が「フラット」側に近づいた。

直接的な影響というのは、ここかもしれません。セッション前は家族に対して冒頭に書いたような「否定的」な見方をしていました。重苦しい、動けなくなる、というような感覚もありました。

今日現在、それがまったく無くなったかと言われると、それでもやっぱりそういう感覚はあります。でも、間違いなく以前よりも「フラット」である方向にシフトした感覚があります。

「”こんなんでも”私の家族」という認識が腑に落ちたというのは、私が、家族に対して「変わってほしい」と「他人を変えようとする」行為をしなくなった、つまり、執着しなくなったということなのかもしれません。

セッション前の感覚を手放すことによって、また新たな見方や発見が自分の中に飛び込んでくるような気がしています。

以上、5つの変化を挙げてみました。
これが、これからまた変化していくのか、また新たな変化が生まれるのかはわかりませんが、まず起こっていることをそのまま「へええ、そうなんだ」と受け止めておこうと思います。