これだけ多くの人がいる中で、一緒に時間を刻むという奇跡。

名古屋駅のスタバでこの記事を打っている。

所用の前に時間ができた。
家に帰ることもできるけれど、
タッチアンドゴーになるから帰らないことにした。

ふと思ったことを書き留めておこうと思う。

私は、今までのさほど多くない恋愛経験の中で、
お付き合いする人と一緒にいる時に
リアルタイムで「好き」だという感情に
気づくことがあまりなかった。

むしろ、こうやってひとりでいるとき、
一緒にいた時間を思い出すときにそれを感じていた。

そんな事を思っていたのだけれど。

よく考えたら、
今お付き合いしている人に対しては、
毎日のように、リアルタイムで、感じている。

……正確には「感じてしまう」の方が正しい。

そんな自分がいることを、
自分は知ってしまったのだと気づいた。

毎朝、彼の日課がある。
眠りから醒めたら「よく寝た」と言うこと。

私は別に毎日のタスクに入れているわけではないけれど、
彼のその言葉をおうむ返しすることもあれば、
私がフライングして言ってしまうこともある。
そんな毎日を過ごしている。

そんな毎日が猛烈に幸せだと感じてしまう。

彼がただそこに存在しているだけでいい。
私の世界に彼がいるだけでいい。
そんな感覚に陥ってしまうことがよくある。

確かに、今朝のように気持ちが下がっていることもあるけれど、
「よく寝た」と言っている瞬間は、
間違いなく、
リアルタイムで幸せを感じている私がいる。

文章を打つ手を止めて顔を見上げると、
左から右、右から左へと、
とめどなく人が歩いているのがわかる。

これだけ多くの人がいる中で、
一緒の時を刻むことができる幸せが確かにある。
そう思う。

今までとは、決定的に何かが違う。
何故かはわからない。
でもそれでもいい。

同じ時間、空間、食事、経験、思い出……
同じものをたくさん共有すればするほどに、
シンクロする確率は上がっているように思う。

彼が言葉を放ったほんの少し前、
私は彼と同じことを考えていたということがある。
逆もまた然り、ということだってある。

色々な毎日を過ごしているけれど、
やっぱりいつもどこかに感じているのは、
付き合ったばかりのときに彼が言った言葉。

「最強のふたりになろう」

ひとりでは成し得ない何かを、
ふたりでなら出来るという、
根拠のない自信にも感じるし、
その過程を楽しんでいこう、という
メッセージにもとれる。

毎日試行錯誤しながら実践していく、
それが今の私の人生なのかなとも思っている。

「全てがプロセス」であるなら、
今日こうして、彼が読んだら間違いなく
恥ずかしがりそうなこの記事を書いていることも、
帰ったら用意されているであろう焼き魚とお味噌汁も、
全てが未来と繋がっているわけで、
それはすべて奇跡の連続のような気がする。

……最強のふたりになろう。