No Title、という名の思考垂れ流し。

今までのパターン。
それは、「余裕」がない状態。

今朝、起きて寝不足と肩まわりがバキバキして、それでも、お昼ごはん用のブロッコリーを茹でようとした。

そしたら彼に「もう出かけるよ」と言われ、それだも作っても持っていってもらえないと思って、布団に戻る。

「土曜日のランニングスクール。(行くのを)やめるのをやめた。」

「何でそういう言い方にしたの?」

「なんか、デザインのことが忙しいから自分のやりたいことをやめるって、おかしいなあと思って。それって今までの(生き方の)パターンだなって。」

「……余裕がないように見える。」

「どの辺?」

「睡眠時間を削るとか」
「余裕がないのは、しんどいよ……」

そう、私はいままでそうやってきた。

ずっと、何か外のものを満たすために。
それは、親だったり友達だったり、世間体だったり。

好きなことをようやく好きだと言えて、
好きなことをやっていこうとしている中で、
嬉しいことに依頼をたくさんいただいて、
それぞれ色々と勉強させてもらっているから、
全てはプロセスなのだろうと、思っている。

でも、「余裕」がない(と感じる)。

先日「余白」について記事を書いたけれど、そうやって自分で大切だとわかっていながら、その自分で「余白」をなくしている気がする。

それに、最近は。

時間がある人に対してネガティヴな方向に反応している、という自分がいることに気づいた。

デザインの依頼をくださっている方が私にどのくらいのクオリティーを求めているのかは、正直なところ、よくわかっていない。

でも、私としては今持っている知識・技術を総動員して今の私でのベストを目指そうとしている気持ちがある。強く、ある。

そうすると、どうしても平日9時-5時の出勤している時間がもどかしく、この時間があったら色々なことができるのに、と考えてしまう。

考えしまうし、実際、自分のだせるクオリティを担保しようと思ったら、それこそ「余白」が欲しくなる。
今の私で言うと、「余裕」は「時間」とほぼ同義になるんじゃないかと思う。

だからこそ、最近、時間がある(ように見える)人に反応してしまう自分がいる。
「私は、時間がとりたくてもとれないのに」って。

今なら、どうしてそうなるのか、カラクリはわかっている。わかっているけれど、頭の中に浮かぶ根本的な打開案、今はまだそれを選択するタイミングではないとも思っている。
思っているからこそ、尚のことしんどくなっている。そんな気もする。

こうやって今の思いをブログを書いているのも、ただ布団にくるまっているだけだと自分のモヤモヤが全く解消されないような気がして、せめても、言葉にして陽にさらしたら何か別のものになっていくのかなと、期待しているところがある。

新年度は、おそらく異動になる。

今の生活スタイルも大きく変わる可能性がある。毎日21〜22時まで仕事、ということも充分にありえる。(そんな生活、確かにお金はもらえるけど、精神的な意味で生きている意味があるの?とも思ってしまう。)

今でこそ、依頼をいただいて帰宅後や出勤前にデザインのことをやる時間はある程度確保できているけれど、異動になったら全く出来なくなる可能性もある。

依頼は、今頂いている分だけでそれ以上増やすのが難しい、と思った。
純粋な気持ちとしては、私でよければやらせてください!と感じていても、単にそれだけではダメだとも思った。

意識をいかに自分軸に切り替えていくのか。
今、改めて、難しいと感じる。

依頼という存在は、それに対して応えていくものであって、今まだ私の中では、自分軸を明け渡してしまう、他人軸になってしまう感覚がある。

端的に言うと、純粋に楽しいと思えない部分が出てくる。こんな早い段階で、そんな風になってしまっていいのか?という問いが立つ。

ただ、今の状態は「余裕」がないからこその結果であって、「余裕」が確保できれば楽しさに満たされてくる気もする。

でも、それだけじゃなくて、私自身の古い生き方のパターンで苦しくなっている部分は間違いなくあると思う。

「余裕」「余白」を確保することも、自己管理のひとつなんだろう。私はそれを必要ないもの、としていままでバッサリ捨てて生きてきた。
それによって苦しくなっている自分に、「不安」という要素を注ぎ込むことによって、有無を言わさず行動させていくイメージ。

今思うと、10年前のセンター試験直前の冬休みなんか、まさにその典型例だと思う。
朝5時に起きて、食事とお風呂と催眠以外は全て勉強。就寝は11時。冬休みはほぼすべてそんな生活リズムだった。
不安に苛まれながら、勉強していた。していたけれど、本当に身についたのかと言われると、首を横に振りたくなる。

もう、そんなエンジンで人生を過ごしたくない。
違うエンジンがあるのも、それが心地よいこともわかってる。

わかっているけれど、完全移行はまだできていないことがよくわかった。

今の環境でやれることを、やっていく。
やりきって、
それでもどうしようもないくらいになるなら、

……決断をする時期なのかもしれない。