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日々に「余白」を置く。それも、意識的に。

約 3 分
日々に「余白」を置く。それも、意識的に。
最近、大切だと思っているものがあります。
それは「余白」。

余白、というと、
色々なものが想像できるけれど、

私の場合で言えば、
デザインするとき、
写真を撮るとき。

そんな時に「余白」の存在を意識します。


でも、それだけじゃなくて、
日々の生活における「余白」が
とても大切なのではないかと最近思います。

なんでも詰め込めばいいってわけでもない。

デザインの勉強中の身でいる私が、
偉そうなことを言える立場ではないのだけど……
小さい頃から余白は意味があると思っていました。

「ただ余ってる」わけではなくて、
文字や図形と同じ要素として、余白が存在する。

意図的に、意識的に存在するもの。
そんな風に思っています。

余白があるから、
情報にまとまりが生まれて、整理される。

余白が文字を、文字が余白を引き立たせる。


詰め込みすぎたら、
どこからどこまでがひとまとまりなのか、
要素と要素の関係性はどうなっているのか、
わからなくなるだけじゃなくて、
眺めた時に息苦しさを覚えてしまう。


これは、デザインや写真に限らず、
毎日ついても同じことが言えると思います。

ほっとする瞬間、
何もしないひととき、
ぼーっとする時間。

もっといくと、予定がまっさらの日。


意識しないと、予定が埋まってしまいます。
(埋まっていくのか、はたまた埋めていくのか……)

あれもこれも、それも、やらなきゃ。
"HAVE TO"が増えていきます。
(塵も積もれば山となる……)

ガラガラと音を立てて崩れていくときには、
心身ともに疲れてしまっていると思うのです。

だから、日々にも「余白」を置こう。

以前、収納に関するお話で、
本棚を詰め詰めにしてしまうことに対して
アドバイザーの方がこんなことを言われていました。


「まだ入れられる空いているところ」ではなく、
「スペース」というものが置かれている。

本棚の容量が100%、
本が80%入っているとしたら、
まだ入るところが20%あるのではなくて、
「スペース」というものが20%置かれていて、
合わせると100%になっていると考えてください。


この話を聞いた時は衝撃を受けました。
デザインのことでは意識していたものの、
収納の世界でも同じことが言えるんだな、と。


そう思うと、日々の暮らしの中でも、
「余白」をしっかり置きたくなりました。

「予定がゼロ」という、
「余白」の日を置く。

ぽっかり空いたその日があるから、
生活に緩急ができて、効率も良くなる。

動くために、止まる。
止まるために、動く。
そんな相互関係が生まれる。


最近は、そんなことを意識していて、
「予定がない日」ではなく、
「"まっさらな1日"という予定がある日」を
ちゃんと確保するようにしています。

About The Author

totea
平成生まれ。事務職の傍、やっぱりデザインのことをやりたい!と思って、現在デジハリオンラインスクールでPhotoshopとIllustratorを地道に勉強中。小さい頃からフォントやロゴに興味があって、ZIPファイルの解凍の方法がわからないのにフリーフォントをたくさんダウンロードしたり、漢字ノートの余白に自分の好きな音楽のタイトルを好きなようにデザインして書いたりしていた人。シンプル・統一感が好きで、暇があれば無印良品へ行く結構な重度なムジラーです。

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