「過去1ヶ月で嫌だったことは?」と言われて思い浮かばなかったことにびっくり。

最近、なんだかんだ(?)気分が良いというか、
不機嫌になってもそれを引き摺らない気がする。

昨年とあるセミナーを受講した際に、
「過去1ヶ月で嫌だったことを書き出してください」
というワークをやったことがあった。

レジュメを裏返して、
シャープペンシルを持ち、
左上を見上げながら、
うーん……出てこない。

……出てこない?

どういうこと?
そんなことあるのか……?!

いつの間にか、
そんな自分になっていたことにびっくり。
びっくりしすぎて、尚更出てこない。

色々と思い出した結果、ひとつだけ書いて終了。

(良い意味で)どうしてこうなった?!考察してみる。
1.よかったことにフォーカスする生活が身についた。

2017年2月に受講したTLI講座。
この講座では、日々の課題として
「毎日のよかったこと」をメンバーと共有する。
この日課を3ヶ月続けたことによって、
よかったことに目を向ける習慣が身についた。

2.自分の感情に蓋をせず、感じきってしまう。

嫌なこと、だけじゃなく、
何か感情がが動いたときはこれを使うに限る。

例えば。
踏切を渡っている最中にカンカンカンカン…!と
列車通過を知らせる音が鳴ってびっくりしたとき。

なぜか平静を保とうとして、びっくりしたことを
無意識のうちにないがしろにしている自分。

こんな時は、
びっくりしてドキドキしている自分を感じて、
「あーびっくりしたよねー」
「絶妙なタイミングで鳴るのいやだよねー」
と自分の中でつぶやいてみる。

そして、周りに誰もいないような状況なら、
「あーびっくりしたー!」と声に出しちゃう。

そうすると、身体の動揺はすっと消えて、
装いじゃない、普通の自分に戻っていく。

このプロセスを大切にして、
どんなときも感じきるように意識すると、
不機嫌を引きずることなく過ごせる。

3.不機嫌になる原因…自分の思い込みの発見に喜ぶ。

不機嫌になるのはなぜかと言うと、
自分にあるルールを自分もしくは他人が破っているから。
(ちなみに、自分にないルールを破っている人がいても
特に反応しないっていうのがポイントだと思う。)

ここでも、例え話。
電車の中で座席に荷物を置いているがために、
そこの席が使えない状況を目の当たりにしたとき。

「社会生活では周りに配慮しなければならない」
そんなルールを抱えて生きている人なら、
ルールを破って(座席に荷物を置いて)いる人を見て
「配慮が足りない人ね!まったく…」とイライラする。

でもそのルールがない人は、
配慮が足りていないと思わないかもしれない。

イライラ・ザワザワする時は、
必ずと言っていいほど何かしらのルールに反応している。

実は、不機嫌は自分のことを教えてくれているんだと思う。

でも、最初からこんなことができたわけではなくて。

これも、ある意味習慣化なのかもしれない。
ちょっとずつ、ちょっとずつできるようになっていく。
実際にどんな風にやっていったのか振り返ってみる。

1.よかったことを挙げまくる。

こんなことでもいいのかなー、と思うことでも
よかったこと!としてしまう。

朝起きれたでも、よかったこと。
職場に行った、これもよかったこと。
コンビニでご飯を買って食べた、これもそう。

よかったことにすると、
「えー、これの何を良いにしたらいいんだろう?」
と疑問が浮かんでくる。
頭は勝手にその質問に答えようとするので、
結果的に色々なことに気づけてくる。

朝起きれるだけの体調が整っているんだ、とか。
コンビニでご飯を買うだけのお金がちゃんとある、とか。

2.ダメでもとりあえずいいことにする。

こんなことが上手くいかなかった、と思っても、
そんな自分もOK。ということにしちゃう。
そんな自分もいるんだなーと思う。

そう思うと、
「案外頑張っているんじゃないか?」とか、
「私、本当はよくやってるよね」とか思えたり。

3.思い込みがなかったら?と考える。

思い込みがなかったら、なかったとしたら
「私はどんなことをしているだろう?」って聞いてみる。

そうすると、
本当にしたかったことがふっと思い浮かんだり、
自分が昔していたことが思い出されたりして、
ああ、自分ってこんなことしたいって思っていたんだ、
そうやって、本当の自分の欠片みたいなものが見つかる。
またひとつ自分のことを知れた、と思えると嬉しくなる。

そんなことを少しずつでもやっていったからこそ、
気がついた時には自分の気分は底上げされていたんだなあ。

どんな機嫌でいても、自分の人生だから。

どうせなら機嫌良く、気分良く生きていたいよね。
改めて、そんなことを思う。