Re:newing

私が「本音を言えなかった」場所に、2年ぶりに訪問してわかったこと。

約 4 分
吹上。

私が初めて一人暮らしを名古屋で始めて、
6年間住んでいた場所です。


市営地下鉄桜通線、吹上駅。
1番出口のすぐ近くにあるコメダ珈琲。

とある用事の前に、
2年ぶりに訪問しました。

ここに訪問するのは、
私にとって、とても意味があることでした。

「苦しい」と本音が言えなかった場所。

私は大学3年からお付き合いしていた人がいました。
とても仲が良く、自然体でいられた。
お互い、結婚という言葉も出るほどでした。

社会人になってからは、
お互いの休みの日程が合わないことが多く、
学生時代のように頻繁に会うことができなくなりました。

その結果、
(今でこそわかるのですが、寂しさから)
私が別の人を好きになってしまい、
一方的に別れを告げるという我儘を押し付けました。

その後、その好きになった別の方とお付き合いしたものの、
思うように関係が上手くいかず、非常に苦しんでいました。

辛いなと思う状態になって2ヶ月ほど経ったある日。
突然彼から連絡をもらい、久々に会うことになりました。

近況をお互いに話して、久々に楽しいひと時。
しばらくの沈黙の後、
彼から「以前の関係に戻りたい」と言われました。


でも、私は、その時

「(付き合っていた頃には感じていた、恋人というより)
友達のような関係に戻ってしまうだけだから(戻らない)」

と、返しました。


これは……
頭で考えた言葉で、
本心ではありませんでした。


あの時、頭に浮かぶ色々な不安や恐れを全て手放して、
自分が本当にしたいことを素直に受け入れて、
その心に忠実に、言葉へと変換することができたのなら、


……苦しい。
今付き合っている人と全然上手くいっていなくて。
本当は貴方のところに戻りたい、戻らせてほしい。
私の我儘ばかりで、貴方を振り回して本当にごめんなさい。
私を許してくれるのなら、以前のような関係に戻りたい。


そう、言えていたのだと思います。


でも、その気持ちを、
当時の私は完全に無視して、
そんなものはなかったことにして。
もっと自分を追い込む状態を
自ら作り上げていました。

その半年後、私は体調を崩しました。

そんな出来事が、ありました。


2年経った今、わかること。


「出来事自体に意味はない。
その出来事に解釈をしているだけ。」

その意味が2年後の今の私にはよくわかります。
今の私は、当時の出来事を、こう解釈します。


当時の私も、今の私につながっている。
あの頃の自分(の苦しい状況)も必要で、
起こるべき出来事だった。

この出来事がなかったら、
今は違う「今」になっていた。

どれも、起こるべくして起きていることで、
価値のないことなんて、ひとつもない。


そんな風に思えたら、なんだか自然と、
あの時の自分に今の自分が声をかけていました。

大変だったね。辛かったね。
言えなかったんだよね。
どんなに苦しくても。
それが自分にできる精一杯のことだったんだね。
でも、もう大丈夫。
この出来事があるからこそ、その後、
ちゃんと自分の人生を生きようと決心できた。
行動できて、自分を取り戻せてきた。
その行動は間違っていなかったし、
決して「ダメ」なんかじゃない。
ちゃんとそこで一生懸命生きてたんだよね。
ありがとう。


お店で泣きそうになったけれど、
ようやく、自分の中で
この出来事を完結できたというか、

「今、私は言いたいことを
ちゃんと言える人になっている」

そんな自分がいることに気づけました。

気づけたら、なんだか全てが
「◯」になった感じがしました。

もう大丈夫。

チリチリーンと扉についた鈴が鳴るのを
清々しい気持ちで聞いて、お店を出ました。

また次に来るときは、どんな気持ちだろう?
そんな風にワクワクした自分がいました。


About The Author

totea
平成生まれ。事務職の傍、やっぱりデザインのことをやりたい!と思って、現在デジハリオンラインスクールでPhotoshopとIllustratorを地道に勉強中。小さい頃からフォントやロゴに興味があって、ZIPファイルの解凍の方法がわからないのにフリーフォントをたくさんダウンロードしたり、漢字ノートの余白に自分の好きな音楽のタイトルを好きなようにデザインして書いたりしていた人。シンプル・統一感が好きで、暇があれば無印良品へ行く結構な重度なムジラーです。

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